スティーブが危なっかしいとジェイクが思うのは、2人の恋が成就した後も依然として続いていた。
儀式に慣れたとはいえ、ジェイクが危機に陥るとスティーブは決まって無茶をする。
自分が犠牲になればジェイクが助かる。いつもそう思っては、不必要な陽動をする事が多い。そのお陰で助かってはいるが、自分の代わりに傷つくスティーブを見ていて気持ちがいいと思うジェイクは居なかった。
昔は、ジェイクもそうだった。 誰の為と思ってした事ではないが、全員の生存率を上げる為に囮をする機会は多く、他の生存者よりも生傷が絶えなかった。 今では、いつもそばに居る歳下の恋人が、その役割を剥奪している。なるほど、とジェイクは思った。皆がこぞって「やめろ」と口にしていた事を。胸が痛いのだ。結果的に全員が助かろうとも、今まで接してきた仲間とは違う存在が自分を守ろうと盾になっている。スティーブ以外にも自分の盾となってくれた仲間はいたが、彼は何か違った。そう思わせるのは、スティーブが恋人だからなのかもしれないとジェイクは考えていた。 だったら、こっちからも守り返さねば。
単独行動が多かったジェイクだったが、そう考えた末にドワイトから「絆」を教わった。同じ生存者としての血をより強く感じる事で、近くにいる仲間をオーラとして捉えられる能力だ。 これでスティーブのオーラを感じて、危機が迫れば助けに走ることが出来る。
そんなジェイクの考えを見透かしていたかのように、スティーブはエースから「手札公開」を教わっていた。他の生存者のオーラ可視化能力を底上げするものだ。
近々のジェイクの動きを見ていて、スティーブはジェイクが「絆」を習得したと薄々気づいていた。 フックに掛けられる慣れた痛みの中、誰か近くに居ないか見回すと必ずジェイクが助けに来ている。付き合う前は、ずっと発電機の修理と殺人鬼の翻弄ばかりしていたのに。 俺のために?と思うと、つい有頂天になってしまう。
もっと、俺のかっこいいところを見て欲しい。 その為の「手札公開」だった。
オーラを感じる範囲が広がったことは、ジェイクも気づいた。儀式にはエースも居たから、彼が手札公開でも持ってきているのだろうと思っていた。 それはあながち間違いでもなかった。スティーブはもちろんだったが、手札公開を教わる彼の熱心な姿勢から「察してしまった」エースは、自分も手札公開を持って儀式へと赴いていた。 相乗されたオーラ可視化能力で、ジェイクの視界にはほぼ全員の生存者の姿が映っていた。
少し離れたところで派手な音を立てながら鬼ごっこをしているのはスティーブだ。長い脚を懸命に動かして逃げる様子は靱やかで、安定している。
ジェイクが見ていると信じて、スティーブは時間を稼いだ。窓枠から窓枠へ、寸でのところで攻撃を躱してパレットを倒す。フェイントをかけて、距離を開ける。ヤケでも起こしたかのように執拗に追い回してくる殺人鬼の様子に、思わず嘲笑が漏れた。
「俺すら殺れないようじゃ全員逃げられちまうぞ!」
大声で叫び散らしながら、またパレットを倒して通路を遮蔽する。
スティーブの盛大な煽り文句はジェイクの耳にまで届いて、あまりの調子の乗りようにクスクスと笑ってしまう。横で一緒に修理をしているドワイトも、心配そうにしながらもつられて笑っていた。
このままじゃフェイスキャンプは避けられないだろうと考えたジェイクは、さっさと発電機を上げてしまおうと修理に没頭した。
「スティーブ凄いね…5台分もチェイスしてくれた」
「あぁ、さっさとゲート開けるぞ」
ドワイトと別れ、それぞれ別のゲートを開けに走った。スティーブのオーラはまだ見えている。ゲートを開くレバーを下げながら、ジェイクはその姿を誇らしげな目で見つめていた。
ブザーの音がけたたましくフィールド中に響き、ゲートが開くと同時に地割れを起こしたように地面に亀裂が入った。怪しい光を放ちだす。 未だに殺人鬼から逃げ続ける動きをしているスティーブを迎えに、ジェイクは走った。
しかしスティーブの動きが変だ。いつの間にか足を引き摺っている。
「…俺のパーク付けてんのかよ」
魂の平穏で、負傷の痛みによる叫びを堪えていたようだった。気づくのが遅くなってしまったことに、ジェイクは後悔の念を覚えた。
対してスティーブは酷く高揚した気分を味わっていた。ジェイクの超人的な忍耐力には常々、憧れや羨望を持ち合わせていたから、今まで見てきた「カッコいいジェイク」の動きを真似ることが出来てハイになってしまっている。
これをジェイクが見てくれていたら、幸せすぎて死ねるかも…
そう考えた一瞬の内に隙が生まれた。
ジェイクが助けに走るも虚しく、スティーブは二撃目を背中に浴びて地面へと伏してしまった。
これはスティーブにとって予定外の出来事だった。さっきまで最高に良かった気分が、ずんと沈んでいくのを感じる。 殺人鬼の肩に担がれ必死にもがくも、せっかく接近していたゲートから離され、フックがスティーブの肩を貫いた。 叫びたくても叫べないのは魂の平穏のせいだった。 堪えた分、痛みがいつもより鮮明に神経に伝わってくる。 鋭い針が血管を流れているような痛みだった。 全身から汗が噴き出す。 こんな痛みは耐えない方がマシだ。
遠くなる気の中で、ジェイクの真似をしようとした事を酷く反省した。 俺にはまだ早かったんだ。 ジェイクの足元にも及ばないであろう自分の行動を顧みて、羞恥心で頭の中がいっぱいになってしまった。
今すぐにこの場から居なくなりたい。あれだけ望んでいたのに、今はジェイクに見られているのも嫌だった。ぎゅっと目を瞑って、死が迫るのを待つしかない。目の前には返り血を浴びた殺人鬼が、スティーブの処刑を今か今かと待っている。ジェイクが心配した通りだった。
こんな状況じゃ、助けに来る生存者は居ないだろう。いや、来ないで欲しい。ジェイクだけじゃなく、他の仲間にも自分のダサい姿を見せてしまったから。早く逃げて欲しい。
力を無くしてだらりと項垂れるスティーブの体が少し浮いたかと思うと、肩からフックが抜けた。それとほぼ同時に、傍で誰かが殴られる音が聞こえた。うめき声は聞こえなかった。助けられたのだと気づいて、すぐにゲートへと走り出した。誰かが前を走り、手を引いてくれている。
この後ろ姿をスティーブはよく知っていたが、今は気づかないフリをしていたかった。
「いて……痛いー…」
「これくらい我慢しろ…」
焚き火の前へと戻った一同は、負傷したスティーブとジェイクが治療し合うところを眺めていた。
「ジェイク怒ってるのかな…?」
「さぁな…アイツ随分調子に乗ってたみてぇだからなぁ」
二人が恋仲であることは公言していないが、周りの生存者には既に察されている。
スティーブが無茶をして、間一髪のところでジェイクが彼を救助して脱出した。その後の少しピリついた空気に、ドワイトはまた心配そうに眉を下げ、エースは隠す気もない笑みをニヤニヤと浮かべていた。
スティーブの背中についた痛々しい傷跡を睨みながら止血と消毒を繰り返すジェイクの憤慨したような空気にすっかり萎縮してしまったスティーブは、消毒の痛みで呻きそうになる唇を噛み締めて子犬のように震えた。
ジェイクは、痛みに震えるスティーブを早く治療しきってやりたかった。スティーブが感じている憤慨したような空気はまやかしで、ジェイクの頭はスティーブを落ち着かせることでいっぱいだった。
延々と走り回っては時間を稼いで、集中力が切れたかのようにあっさりとフックに吊られてしまったスティーブを見て、ジェイクは労いの気持ちを抱いていた。スティーブが傷つくのも心が痛む。たくさん優しくしてやりたいとは思いながらも、ドワイトとエースの視線がそれを邪魔している。応急処置だけでも早く済ませて、二人きりになれる場所へと移りたい。
未だに震え続けるスティーブに簡単な治療を施し、脱がせた服を手に持たせてやる。とにかく自然な動きで、ドワイト達にはバレないようにスティーブの耳元へと口を寄せて
「カッコ良かったぞ」
そう囁けば、緊張の糸が切れたのか、スティーブはジェイクの肩に頭を乗せ猫が甘えるようにすりすりと擦り付けた。
「ジェイク…大好き」
みっともないと思いながらも潤んでしまった目でジェイクを見つめ、人がいることも忘れて深いキスをした。
「痛てぇよージェイクー…」
頭にコブをつけられたスティーブが仏頂面をして言った。
「それくらい我慢しろ」
ジェイクの頬は少し赤くなっていた。
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