「ゴジちゃん、手合わせしよ」 ベジットからの提案を、ゴジータは静かに頷いて受けた。互いを高められる強さを持っているのは、互いしか居ないからだ。
2人のパワーは底が知れない。手合わせの度に使っている拓けた土地は遠い地平線を美しく描いていたが、今や跡形もないほどに陥没し変形を遂げている。それ故に地上での戦闘は悪路を極めるが、それが返って2人の闘志を更に熱く燃やす。苦境に立てば立つほど湧き上がってくるパワーを感じながらその力をぶつけ合い、今よりも強い自分へと上り詰めていく一種の快感を共有する行為が、2人にとっての手合わせというものだった。
「先にぶっ倒れた方が負けね」 宙に浮きながらベジットが言う。
ゴジータは静かに頷いた。腰を低く落とし、内に揺らめく気を大きくしていく。溢れ出る気が周囲を漂い始め、道着が靡いた。
「ちょ、また最初から本気だす感じ?」
「当たり前だ」
「分かったよ〜オレも本気でいくかんね」
互いに構え、本気のギリギリのところで気を保つ。 開始の合図はいつもベジットだ。
「…早く始めろよ」
「ハイハイ、よーいドン!」
獣の咆哮のような轟音と共に膨れ上がった気が周囲の雲を跳ね除け、蒼い気を纏った2人の拳がぶつかり合った。そこから放たれる衝撃で大気が音を立てるほどに震えると気がバチンと弾け青髪を逆立てたゴジータとベジットが現れた。 「あ〜これこれ!ホント堪んないな〜!」 初めから本気かと苦言を漏らしていたベジットだったがゴジータの強大な気とパワーに乗せられすぐその気になった様だった。ゴジータはそんなベジットに取り合わず目の前の端正な顔に目がけ素早く気弾を放ち、ベジットはそれを難なく避け距離をとる。そこへゴジータがすかさず距離を詰めリーチの長い脚で攻撃を繰り出すがベジットはこれも難なく防ぐ。振り払い、お返しとでもいうように同じ攻撃をして見せるとゴジータも同じようにこれを防いだ。重たい筈の打撃を無意識下で外へ受け流し、体にはひとつもダメージも受けない。やられてはやり返しての激しい攻防が続く中、ゴジータはベジットの攻撃を弾き目にも留まらぬ速さでかめはめ波を放った。至近距離、避ける暇はない。考えるより先にベジットもかめはめ波を放つ。2つのかめはめ波が衝突し爆発と爆風が起こった。土煙が上がり互いの姿が見えなくなるが、好戦的な気が溢れ出て仕方ない相手を見失う筈が無かった。土煙から飛び出したゴジータの腕とベジットの脚が交差し再び爆風が起きる。周囲の土煙が吹き飛び互いの姿が顕になった。ふと目が合い、ゴジータは真剣な眼差しで睨みつける。ベジットはヘラりと笑い、身を翻しストンと地上に足をつけた。ゴジータもそれに倣い地上へと降り立った。あちこちが凹凸だらけの地上、足運びを間違えればその時点で負けが確定するだろう。 2人は再び構えをとる。ダンと足を鳴らし、気を放てば周囲の岩が吹き飛び地面が音を立てて歪んだ。 同時に地面を蹴り飛び出し、ゴジータの拳が空を裂きながらベジットへ伸びる。それをひらりと躱しゴジータの背後を取った。ベジットは体を捻り回転を加えその背中に目がけ蹴りを叩き落とすがそれはゴジータの屈強な片腕によって防がれ勢いよく弾かれる。ならばと気弾をいくつも放ちその中に紛れゴジータへ突進し翻弄を誘う。 気弾とベジットの攻撃が、あらゆる角度から同時に襲い来る。ゴジータはそれを正面からじっと見つめ、十分に引きつけた。 気弾は全て弾くことが出来る。その後すぐにベジットの攻撃を流して反撃すれば、体勢を崩せるかもしれない。 気を両腕に溜めて纏わせ迫り来る気弾をひと払いで消し去り、飛び込んでくるベジットの軌道に合わせ最小の動きで躱す。通り過ぎざまにゴジータを蹴り上げようとする脚を掴まれベジットは反射的に「しまった」と感じた。
「得意の脚技が決まらなかったみたいだな」
ゴジータは余裕そうに笑みを見せながらそう言い、ベジットの返事も待たず大きな円弧を描くようにその脚をブンブンと振り回し、地平線の彼方めがけて投げ飛ばした。
てっきりトドメをさされるものだと思っていたベジットは拍子抜けし数百メートルほど飛ばされた距離で体勢を立て直した。
「おいー!!!ゴジちゃんいま手加減しただろ!?」
遠方から響くベジットの怒ったような声にゴジータは肩を揺らして笑った。
「いつまでも脚技にこだわってるからだ!本当はそんなもんじゃないだろ?もっと本気で来い!」
言い終えると同時にゴジータは気を放ちベジットの所へ向かって高速で飛んで行く。 ベジットもその気を感じ、もっと強い気を放った。
「いーぜゴジちゃん!もっと激しいのしようか!」
ゴジータは返事の代わりに両手から気弾の嵐を贈った。
さっきまでとは比べ物にならない量の気弾に、ベジットの血が踊った。避け、防ぐの一手をかなぐり捨て気弾の間を縫う様に飛びゴジータへ向かって行く。
ベジットの気が更に強くなったのを感じ、ゴジータも胸を踊らせた。自然と笑みが零れ、何がなんでもベジットを倒したい欲求に駆られる。内に熱く燻る気を残らず集め、咆哮と共に全てを放った。
蒼い柱の様な気が天に向かって轟々と登り、波のように打ち寄せる圧に押し返されそうになる。ゴジータが本当に本気を出したのだと感じ、ベジットは目を輝かせた。
「よーしオレもっ!」
両方の肘を引き意識を集中させる。体の中に巡る気をひとつの場所へ集め、どんどん大きくしていく。心臓を突き破る様に気が外へと溢れ、湧き出てくる高揚感とパワーに、ベジットは思いを巡らせた。 ゴジータを倒したい。圧倒されて、驚いた顔が見てみたい。現金な理由だと思いながらも、その先にあるのは「強くなる」という事に変わりはない。それに加えゴジータの新たな一面が見られるなら、ベジットにとって願ってもない事だった。
2つの蒼い巨大な気が空間を埋めた。他の誰も寄せ付けないような強い気だ。 2人の間には緊張と沈黙の糸が張られている。1ミリでも動けば始まる事が分かるほどのひりつきだった。 踏み込んだのはほぼ同時だった。風を切る音と衝撃波が起こり2人がぶつかり合う。竜巻の様な大気の乱れが絶えず、空を黒雲が覆い雷鳴すら響き始めた。 顔と顔とがついてしまいそうな至近距離で2人は幾度も拳を交え気弾を放ちそれを躱す。常人では追えないスピードでの駆け引きは熾烈を極めていた。両者1歩も引かず、互いの攻撃を弾く音だけが続く。
痺れを切らしたのはベジットだった。
高速で飛んでくるゴジータの腕を一瞬の判断で捕まえる。ゴジータはもう片方の腕でベジットを殴り飛ばそうと振りかぶった。しかし、速かったのはベジットの方だった。背負うようにゴジータを投げ飛ばし追い討ちをかけるべく後を追う。 ゴジータが体勢を立て直すのと、ベジットの脚がゴジータの顔面を捉えるのは同時だった。 まともに攻撃を受けたゴジータの体は地上に打ち付けられ大きなクレーターを作った。ベジットはそれを見下ろし、地上に足をつけた。
「…ぶっ倒れたからゴジちゃんの負けね!」
湯気と土煙が舞うそこへ向かって高々と勝利宣言を放つ。得意げな顔で、ゴジータが来るのを待った。どんな悔しい顔をしているんだろう。そんな期待で、ベジットの胸は膨らんでいた。しかし、待ってもゴジータはなかなか姿を現さない。 もしかしてやりすぎた?
「……ゴジちゃん?」
1歩踏み出すと、ベジットの背中に悪寒が走った。そこに存在する筈のない凶暴な気が、突如として膨れ上がったからだ。 土煙の奥で人影が揺らぐ。蒼い2つの目が煌々と光っているのが見えた。それがゴジータだと確信すると同時に、そこから感じる獣の様な荒々しい気の存在に気づく。いつもの理性的なゴジータではない。
「も、もしかして怒った…?ゴメンって!でもゴジちゃんが油断したのが悪いん…
言葉が出ない。いつの間にか目の前に居たゴジータの拳が腹部にめり込んでいたからだった。遅れて鈍い痛みを感じ肺に残っていた酸素が乾いた咳と共に全て吐き出ていった。 ゴジータは、激しく咳き込むベジットを容赦なく蹴り飛ばす。体が水切り石の様に地面を打ち、全身に走る痛みを堪えながらなんとか両足で踏ん張り勢いを止めた。ほっとするのも束の間、目の前には既にゴジータが立ち拳を振り上げていた。 血走り、瞳孔が開いたゴジータの目を見てベジットは確信した。 ヤバい、オレのこと殺す気だ。
「ゴジちゃんそれヤベェって!タンマタンマ!」
ベジットの呼びかけにも、今のゴジータには届かない。無数に放たれる拳を避ける度にベジットの蒼い髪が1本1本はらはらと落ちる。拳の残像の奥から更に拳が飛んでくる。一瞬でも目が狂えば当たってしまうほどの速さだった。
ゴジータから明確な殺意を向けられるのはこれが初めてで、ベジットは戸惑っていた。戸惑っていたが、今まで受けたことのないゴジータからの猛攻に焦っている自分自身に高揚感を覚えていた。 ここがオレの限界間際なら、もっと強くなれる。この状態のゴジちゃんをのす事が出来れば、オレの方が強い証明になるんだ。
倒してやる。
神経を研ぎ澄ませ、攻撃のひとつひとつを目で捉える。残像は消え、ゴジータの2つの拳がハッキリと見えた。猛スピードで襲い来る腕が風を切ってベジットの頬を掠める。その腕は次の攻撃を仕掛けるために、腋を締める動作によって戻っていく。
ここだ。 ゴジータのもう片腕がベジットを仕留めようと飛んでくる。その腕のギリギリを這う様に体を滑らせ、低い姿勢でゴジータの懐に入り込んだ。掌に気弾を目いっぱい溜め、後はその体に向かって放つだけだった。
勝ち誇ったベジットはゴジータを見上げ、笑った。
ゴジータの開ききった瞳孔にベジットの姿が映る。 こちらの動きを全て見通すように大きく開いたゴジータの瞳に、ベジット以外の何も存在していない。
それが、酷く嬉しかった。
掌の気弾は消え、構えを解いたベジットの両手がゴジータの後頭部に巻き付いた。 段々と近づいてくるベジットの端正な顔に、理性が戻って来るのをゴジータは感じた。
むにっとした感触。ゴジータの柔らかい唇に、ベジットの気分は浮ついた。凶暴な気が鎮まり黒髪に戻ってぽかんとした様子で立ち尽くすゴジータの、少し開いた唇の隙間に舌を滑り込ませる。いつもしているように優しくゆったりと口内を支配し蹂躙していくと、とうとうゴジータの脚から力が抜け地に倒れ込んだ。その体を抱いてそっと寝かせ、いつまで経っても抵抗が来ないのをいい事にベジットは上に覆い被さる。まだ少し開いているゴジータの瞳孔を見ると、そこに映っているのは相変わらず自分だけで。どうしようもなく嬉しい気持ちと、湧き上がってくるゴジータへの劣情で気分がふわふわとした。
もう一度キスがしたくて顔を近づけると、両手で覆われ阻止されてしまった。
「わぷっ」
「………………………………………オレ、負けたのか?」
ゴジータはついさっきまでの記憶が無い様子だった。ベジットはしめたとばかりににんまりと笑う。
「そだよ。オレの脚技でぶっ飛んで倒れてたから、目覚めのキスでもしてあげよっかな〜と思って」
「………フン、んなもん要らん」
「つれないなぁ〜しっかり興奮してるくせに」
ベジットの手がゴジータの股ぐらを撫でた。ゴジータの怒張にベジットの手が這うと、それだけで形が分かった。
「どうしよっか?」
「っ…負けは負けだからな…お前の好きにすればいいだろ」
「オレしたいなんて一言も言ってないけど?ゴジちゃんがしたいんじゃないの?」
「なっ………………」
ゴジータの図星の様な反応にベジットは意地悪い笑みを浮かべた。
「ねぇゴジちゃん、したいって言ってよ。オレが勝ったんだもん。聞いてくれるよね?」
ゴジータが息を飲み、見る見るうちに紅潮していく姿が可愛くて仕方ない。本当はベジットもしたいと強く思っていたが、勝者の権限をここぞと言わんばかりに行使し、羞恥に戦くゴジータの姿を目に焼き付ける様に凝視した。
「ゴジちゃん、言って?」
唇を固く結んでいるゴジータの股ぐらに、ベジットは膝を押し当ててぐっと圧迫した。潜めていたゴジータの眉間が更にギュッと力み、喉を反らして悶える。ゴジータは胸元まで赤くしながら、浅い呼吸を繰り返す口を開けた。
「………………………………し………た、い」
念願のゴジータからの言葉に、ベジットの髪がふわりと逆立ち一瞬だけ黄金に光った。
「こ、興奮して超になるな!!!」
「いやぁ、アハハ……ゴジちゃんがちょっとエッチすぎて」
「っ〜〜〜…もういいから早く抱け!さっさと抱け!」
「ちゃんと部屋戻ってからするよ。ゴジちゃんのエッチな姿はオレだけが知ってれば良いもん」
ベジットはゴジータをひょいと抱き、また笑みを浮かべた。 その笑みは無邪気なものでも優越感を含むものでもなく、ただゴジータへの情欲にまみれたものだった。 負けたこと、そしてこっちの意味でも負けたことにゴジータは悔しさを覚えたが、ベジットに愛されている心地よさはその上を行く。惚れた弱みなど簡単には認めたくないが、到底抗えるものではないとひとつ観念をする事になった。
「……くそ………………愛してるよ……馬鹿」
ゴジータの言葉に、ベジットはまたふわりと髪を逆立てた。
「だから興奮するな!!!」
「いや無理でしょ!馬鹿はそっちじゃん!」
「うるさい!もうさっさと帰るぞ!」
ゴジータが眉間に指を当て、2人は瞬時に自室へと帰って行った。 元いた場所には嘘のように静寂が宿り、しんしんと雨が降っていた。
ベジット「(ゴジちゃんに2発殴られたのバレなくて良かった〜…)」(なんかプライドが許さなかった)
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